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2009 年 4 月 のアーカイブ

古本の過度の価格下落は業界に影響しないのだろうか?

2009 年 4 月 30 日 木曜日

古本の価格下落がすさまじいです。
1ヶ月で半額になることも珍しくなくなってきています。ある本など、1週間目を離しただけで1400円から1円まで暴落してしまっていました。
不景気や書籍離れなど、さまざまな原因は推測されますが、なんにせよ異常な下がりぶりと言わざるを得ません。

さすがにここまで来ると出版業界自体に対する悪影響が気になってきます。

これは前々から思っていたことなのですが、ここまで古本の価格下落が激しいと、新品の本はかなり売れなくなっているのではないでしょうか。
すこし年代が下がっただけでも簡単に売価が1円まで下がってしまう昨今、定価販売を絶対とする新品の本など、わずかな汚れでも気にする人か、あるいはコレクターくらいしか買い手がつかなくなりそうなものです。昔はここまで古本と新品の差が激しくなかったため、個人の好みで選択する感じでしたけれども、さすがにここまで差がつくと新品の出る幕はほぼない気がします。

してみると、今後はいっそうの重版控え(売れないので)や書籍のデータ化(売れなくて書籍の作成コストも賄えないので)が進むかもしれません。
Amazonも電子書籍を販売するための用意を進めているようですし(たぶんiPodの書籍版という感じになるのでしょう。専用機器を用意しているあたりもそんな感じがします)、変化が大きく目に見えるようになるのも案外そう遠い未来の話ではない可能性もあります。

追記:電子書籍の問題
電子書籍は今特に携帯で伸びている分野ですが、提供側としても、書籍の電子化やインフラ整備にお金がかかる上に競争も激しいことから、そう簡単に参入できる分野でもありません。
所有コンテンツが生命線の出版社もなるべく品を外に出さずに自前でやろうとしますから、販売を許されるのは2線級のものや年度落ちのものだけという状態も起こります。

また購入側としても、読むための機器を立ち上げるのが面倒、読み込みが遅い、機器を持ち運ぶのも面倒くさい、簡単に持てる大きさのものは画面が小さくて見づらい、といって画面を大きくすると持つのが大変、といった諸問題を抱えます。商品の購入価格も決して紙ベースの書籍と比べて安くはありません。

結局提供側も購入側も紙ベースのほうが良い、となって、これまでのところ書籍が淘汰されずに済んでいたとも言えるでしょう。

他社サービスを研究中

2009 年 4 月 29 日 水曜日

最近仕事がひと段落したので、再び他社のサービスを研究しています。

詳しい研究内容は部外秘ですので、ここでは書けません(笑)

ですが、やはり一流の会社はオペレーションひとつとっても洗練されておりますね。
一流になる会社はそれだけのサービスをもっているものだ、と感嘆させられました。

他社のものであろうと、良い仕事を拝見するとうれしくなるもの。
良い刺激を受けることができました。

ブックジーのサービスについてもまた新たな観点を加えつついろいろと考えていこうと思います。

バーチャル本棚をやられちゃってた

2009 年 4 月 28 日 火曜日

今日他社のサービスを研究していたら、バーチャル本棚というサービスを発見しました。

「うわー、先にやられたかあ」

というのが第一印象。

いえ、私もそのアイディアはあったのです。

「本を持っている人に『売って下さい』メールを送りたいなあ」

「でも誰がどんな本を持っているかわからないんじゃアポの取りようがないなあ」

「持っている本を報告してもらえばいいんだよなあ」

「あ、バーチャル本棚ってことにして、持っている本を報告してもらおう。その内容をもとにして『売って下されば最大○◎円ですよ』メールを送ればいいじゃん」

というまず下心ありきなアイディアなんですが(笑)

で、これをなぜやらなかったのかと申しますと、こんな感じの脳内会議があったためです。

【脳内会議リプレイ】
否定派「OK、わかった。たしかにそれ、うちにとってはすごくいいよね。査定の時にそのデータを使えば楽だし、良い本を持っているお客様を選んでアポもとれる。
で?
それ、いったいお客様になんのメリットがあるのさ。お客様にとって、わざわざ手元の本を登録する意味ってナニ?」
推進派「えーと。蔵書管理をタダでできるのが便利、とか」
否定派「千とか万とかあるならともかく、個人レベルで持ってる程度なら、いちいちPC登録しなくても本棚見れば一発で把握できるじゃん。大きめの本棚ひとつふたつが埋まってる程度ならデータ化する方が面倒だよ。入庫作業だけでも大変だよ? しかも出庫処理とかもいるんだよ? 専門知識をもった店員と専用システムと機器があっても苦労するのに、ましてやそういったインフラを持たない個人ユーザーさんの負担は相当なものだと思うけど」
推進派「う。えーと。あ、せどらーさんとか、商品管理に必要じゃないかなー。オンラインでやればどのPCから見てもいいわけで。せどらーさんなら管理の手間がかかっても使ってくれますよ」
否定派「待て待て。そもそもせどらーさんがうちに書籍を売るの? 買取させてくれる人がターゲットなのに、絶対古本屋に売らない人がユーザーになってくれても意味ないじゃん」
推進派「たしかに。・・・・・・あー、えーと。でもタダですし、何人かは使ってくださるのでは?」
否定派「でも売ってくださいメールをバンバン飛ばすわけでしょ。本当にノーリスクの私本管理Plusなんてものが昔からある以上、タダってだけでそのデメリットをフォローして余りあると思うのは甘くない?」
推進派「それはまあ。あ、じゃあメールを送らなければいいかと思います」
否定派「それじゃ開発目的が土台から崩れてるじゃないか!?

とまあ、こんな経緯でもってパスしたわけです。
でも、先にやられちゃうとなんか悔しいのも確かなわけでございまして(笑)

間違いを認めないということ

2009 年 4 月 28 日 火曜日

 十人十色と申しますけれども、人の中には人間の間違いを認められないかたもいるようです。

 人の間違いは許しませんし、自分が間違ったこともないと思う、そういう感じのかたですね。

 ですが、神様ならたしかに間違わないのかもしれませんけれども、人間が神様並になることも、神様を超えることもあいにくありませんで、やはりなにがしかの間違いはやるものです。

 なので、不思議に思っていたのです。

「人間が間違うのは許さない」
「人間は間違うものである」
 この相反する状況をいったいどう解決するのだろうか、と。
 でも今日、答えを見つけたかもしれません。

 その答えとは

「間違っていないと思いこむ」

 とりあえず現実には間違っているわけなのですけれども、これなら少なくとも頭の中では矛盾がないわけです。
 まあ納得はできます。
 
 もちろん個人的にはもったいないなと思います。
 現実とは異なる認識をしてしまうと、いろいろ高くつくはずです。おそらく、さまざまなシーンでトラブルにあったり、利益を逃したり損をすると思います。
 間違いをみとめないのは、損です。自分のものであれ、他人のものであれ。
 素直に認めたほうが得しやすいと思います。

 ただ、この問題は、得か損かという話ではあるけれども、いいか悪いかということではおそらくないとも思うのです。

 私などは現実誤認の挙句損することは悪だと考えておりますけれども、人によっては、損をしてでも現実とは異なる認識をするのが正しいかもしれません。
 すくなくとも、事実誤認を続ける人は、その人にとってはそれが正しいからそうしているはずなのです。

 あえて損なことも正しいと認識させるのが人の心だとすれば、心とは興味深くも厄介なものです。

溶け切る前に売れるか―スピード命の古物販売

2009 年 4 月 28 日 火曜日

アイスクリームは冷凍庫から出しておくと溶けてしまいます。

商品価値はゼロになると考えて差し支えないでしょう。とけ切ったアイスクリームを再度売りに出すのは困難かと思います。

古物も同じで、時間がたてばたつほど溶けます。
物理的に溶けるわけではないのですが、価値的に溶けます。どんどん値が下がっていきます。
しかもアイスクリームは冷凍庫に入れておけばいいのですが、古物は大事にしまっておこうが見る見るうちに溶けます。

特に昨今、溶け方がひどいです。一ヶ月経たずに価値が半分になるのもまれではありません。
溶け切って1円になる本も大量に出ています。

結局のところ、溶け切る前に売るしかない――そんなスピード勝負に追い込まれていると感じます。
スピード命で売ろうとすると畢竟価格勝負から逃げることができなくなり、結局首が絞まるのですが、仕方がありません。

まったく、これでは古本屋という業態が儲からないのは当然です(汗)

良い本の特徴

2009 年 4 月 28 日 火曜日

書籍にはタイトルが派手なものと、タイトルが抑えめなものがあります。
たとえば株をテーマにしたものであれば、前者は「●◎円儲けた」というような類のものです。控え目なものとは「○◎投資法」とある程度で、いくら儲けましたというようなタイトルはついていないものです。
そして、目を引くのは前者のような気もするのですが、どちらかといえば前者の方が安値になっていることが多いようです。
後者は数百円から千円くらいの値がついていても、前者は1円の値付けがなされている、という状態も見ます。

といっても、これはタイトルの付け方が悪いのではおそらくないでしょう。

決め手は中身。

タイトルが控えめなものは、無理に目をひこうとしなくても問題を感じないほど中身がいいので、そのタイトルでいいのです。

逆にタイトルが派手なものは、内容の薄さをタイトルでカバーしようとした結果そうなったのであり、つまりは中身が薄いのでしょう。その結果、価値を1円と市場につけられたのだと思われます。

もっとも、「売上が10倍~」というような派手なタイトルの書籍でも、中には素晴らしいものがありますので、常にこの法則があてはまるわけではないのですが。

送料が高い

2009 年 4 月 24 日 金曜日

送料が高い。送料が高い。送料が高い。

とにかくなにをするにも送料が高い。

古本などというただでさえ単価の低い品は送料の問題が大きすぎます。

いえ、メール便もゆうメールも実に頑張って下さっているとは思います。それでも高いのです。

通販オンリーにならない最大の理由がここかと思いますが、それにしてもなんとかならぬものかと思います。
せめて葉書のようにすべからく1冊50円で送れれば、いろいろと出来ることもあろうと思うのですが。

古物商は板挟みにあうのが宿命

2009 年 4 月 24 日 金曜日

古物商は見た目小売りに見えるわけなのですけれども、私は常々、その本質は仲介者ではないかと思っています。
つまり、持っているものを売りたい人と、買いたい人を仲介する役目です。

そのため、売る方にも買う方にもいい取引であったと思っていただければ幸いそれに超えるものはないわけですけれども、なかなかそうもいかず、板挟みにあうケースも多々あります。

なにしろ持っているものを売る人は1円でも高く売りたいのは当然、逆に買いたい人は1円でも安く買いたいのは当然です。
「自分が高く売ったら買う人が困るから」と安く売ってくれたり、「自分が安く買ったら売る人が困るから」と高く買ってくれたりということは、なかにはあるのかもしれませんけれども、少ないのではないでしょうか。当店は何度も売るほうも買う方も行わせていただいておりますけれども、査定額を申し上げた際に「それは高すぎるから安くしてくれ」と言われたことはなく、品物をお売りした際に「安すぎるから高くしてくれ」と言われたことは一度もございませんので、おそらくそうなのではないかと思います。

となるとあちらを立てればこちらが立たずで、売る人を優遇しすぎると買値が上がって買いたい人が不満でありますし、買う人を優遇すると売値が下がって売る人が不満とあって、古物商はバランスをうまくとるのにいつも骨を折ることになります。

自分たちも己の食い扶持は頂かねばならないのはもちろんです。

そんなわけで、当店も日々大いに苦心しているわけなのですけれども、それでも売る人からは安いと叩かれ、買う人からは高いと叩かれ、で板挟みどころか挟み打ちでボコボコにされるのは覚悟せざるをえません。

最近小売りをやっておられた方が、あえて古物の道に入ってこられるケースをよく耳にしますけれども、なんとも気合いのあることだと思います。

追記:
おそらくこういう挟み打ちにあい続ける日々に疲れたかたが、ゴミ処理業者となって
「しょせんゴミなのだからどんなに安くてもよいではありませんか」
とか
「ゴミを処分するのだから処分料を頂きます」
といった具合で、うまくなさろうとするのではないかと思うのですが、とはいえゴミはゴミ、大量に商品価値のないものの中からまだ価値のあるものを探し出さねばならないという商いは、それはそれで厳しそうです。
結局のところ、貴金属等一部のものを除き、ユーズド品はどうしても単価が低い上に一品物がほとんどという根源的な問題を抱えますので、これをメインとする古物商が楽に儲けるのは困難であろうと思います。(その中でも、小売りの中で「小作人」と自嘲する業種であるところの本屋の、さらにユーズド品を扱う我々は、お察し下さい、という感じなわけですが)
しかしながら今後ますます資源不足のなかで社会を回さねばならないようになっていくわけですから、まだ使えるものを使い続ける方向性に古物商という業態はあっているとも思います。きっと生き残る道はどこかにあるでしょう―その道を自分たちが探し出せるかどうかは別としても。

気持ちを下取りに

2009 年 4 月 24 日 金曜日

ときどき古書を検分しておりますと、物が挟まっていることがあります。

しおり代わりにしていたものをそのまま挟みっぱなしにしたのでしょう。
これが千差万別で、挟まっているのは普通のしおりだけではなく、請求書、鳥の羽、時には給与明細であったりします。

そんなしおり代わりにされているさまざまな物品のなか、なんとも言えない気持ちになるのが、謹呈と書かれた筆者の手書きの礼状。

筆者さんからなにかのご挨拶で頂いたのか、直接サイン会か何かに行かれたのか、それはわかりませんが、なんにせよ感謝の気持ちをこめて書かれ、そして渡されたものなのでしょう。

その気持ちがさらりと下取りに出されているわけですから、ううーむ、と世間のシビアさを感じてうならずにはいられません。

なお当店も気持ちに値段をつけるわけには参りませんで、著者謹呈の礼状が入っていても買値はあがりません。あしからず。

SMAPの草なぎ剛氏が逮捕とは

2009 年 4 月 23 日 木曜日

人気アイドルグループのSMAPの草なぎ剛氏が本日逮捕されたようです。
酔って公園で全裸になっていたところ、通報されて公然わいせつ容疑で現行犯逮捕されたとのこと。

ただただ驚くばかりですが、芸能界を居場所に定めていた関係上、人には言えないつらいこともあったのでしょう。

すでに彼を起用していたCMやポスターの破却が進んでいるとのことです。
わずか一夜の過ちで大きなダメージをこうむってしまったのは気の毒なことです。

それにつけても、日本でも有数の人気グループに所属し、順風満帆と思っていた人が、たった一夜で凋落したと思うと、本当に人生どこでどうなるかわかったものではないという思いを新たにします。
勝ち組だ負け組だと言いますけれども、実際のところ、今勝ち組にいるから明日もそうであり、今負け組にいるから明日もそうである、とはまったく決まっていないようです。
これが「禍福はあざなえる縄のごとし」というものでしょうか。

そして、業績や地位というものがかくも容易に失われるのだとすれば、業績や地位を基準に人や人生の価値を決めるのも、実のところ適切ではないのかもしれません。