前々から疑問に思っていました。
それは、ケチケチ運動はコスト削減に本当につながるのかということです。
コスト削減をうたい、ケチケチ運動を進めるのは私もよく見たことがあります。
たとえば紙代の節約のためチラシの裏をメモ用紙に使うようなものです。
ですが、よく観察していると、そのチラシをメモ用紙にするために社員が10分から20分くらいかけてせっせと作業していたりするのです。
社員の給料はどう考えても1000円を超えるのですから、仮に10分で終わっても六分の一で160円です。メモ用紙など100円もあれば余裕で買えます。
なんのことはない、ケチるためのコストで削減できたコストを優に越えてしまっているのです。
――ケチるための手間暇が結局コストになって、ケチったことによるコストダウンは効果が薄いか下手をすると逆効果になっている。ケチケチ運動をもってコスト削減するのは難しいのでは――?
それがずっと疑問だったのです。
よほど浪費しているような場合は別として、ケチケチ運動はしょせん見世物としての性格が強いような気がします。あるいは虚構の達成感を得るためかもしれません。なんにせよ、手間暇かけて今のコストを別のコストに振り替えて問題を見えにくくしているだけではないのでしょうか。
一社員として芝居に参加するのはいいとしても、店を回す立場の人間がケチケチ運動を進めてコスト削減をやったつもりになっていてはいけないと思うのです。
なのでケチケチ運動を私は嫌っていて、これまでやらずにいたのですが、これはコストダウンを怠っていることになるのであろうか、と少し悩んでいました。
今日、たまたま読んだ本で、悩みが解けました。
「コスト削減とはケチケチ運動ではない。大きなコストダウンはケチケチ運動などで達成されるものではない」
『無在庫販売のすすめ方』より
「そうですよね!」
と我が意を得た気持ちでした。
これまでの方針は間違っていなかったと安どするとともに、今後もこれまでどおりにやっていこうと意を強めました。
思いて学ばざればすなわち則ち殆うし。
先達の教示はありがたいものです。